シェイクスピア

実際はチンピラじゃなくて、貴族だがやってる事と、話の内容は、チンピラと大して変わりは無い。

俺の中にシェイクスピアに関するルールが二つある。

① 死ぬまでに総ての作品を舞台で観る。

② 舞台で観た作品は、本で読んでよい。

なので、今、俺の本棚には、がならんでる。

読むと色々と意外な部分があって面白い。

古典の王道中の王道なんで、実際に読んだり観た事無くてもイメージってのがこびり付いてる。

まぁ戯曲だから、演出によってガラッと変わるし、カットされる場面ってのもあるから、よけいそうなのかもしれないが、案外イメージが変わる。

例えば、ロミオとジュリエットの始まりは、チンピラの猥談から幕を開ける。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その瞬間、あぁこれはある種の現実なんだと、震えた。

下北沢は、俺が思っていたより近かった。
吉祥寺から急行に乗り、ちょっとぼっとしてたら、下北沢。
こんな近くにあったんだ、と、ひとりごちに駅から出て、驚愕。

この活気。
新宿とかにある、ただ人が多いだけの活気とはまた違う。

ブラブラと店を見ながら、家を出るまでに焼き付けたストリートビューの絵を思い出しながら目的地を目指す。

あった。

小さな雑居ビル、本当に劇場があるのか?でも『ハムレット』の看板が。
東京ノーヴイ・レパートリーシアターはここで間違いないらしい。

開演まで時間がある、下北沢をぶらついて飯を喰ってたら時間。

雑居ビルの前に受付が出来てる。
予約したチケットを受け取ってビルの階段を上がる。

二階にカラオケ屋がり、三階が劇場、相当狭そうだ。

モギリにチケットを渡して中に入る、想像以上に狭い。

席は二列しかなく、一列につき13席しかない、席から舞台までは1mも無い。

一列目のど真ん中に座り、待つ、明かりが消される、始まったらしい。
完全な暗闇、一分か三十秒ほどして、ロウソクを持った男がやけにゆっくりと幕を開けた。

幕が開き、空気が動いたのを感じたら、亡霊が目の前にいた。
生まれて初めて亡霊を見た。

臨場感が凄まじすぎる。

あまり芝居じみ過ぎたデカイ声でしゃべらないから、演技が自然で、本当にそこで現実に繰り広げられている感じがする。

亡霊がさり、ハムレットがホレイシオに凍えた体を温めるように差し出された酒を飲む場面、俺の鼻をアルコールの匂いがつく。

東京ノーヴェイレパートリーシアター

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一月の三十一日俺は歓喜に震えながら、あのどうしようもなく魅力的な人でなしの悪党の断末魔を聞くだろう。

日曜日、チェルノブイリの郊外のだたっ広い草原で、息を殺して地面に這いばり、奴らが犬を連れて来てない事を必死で祈ってると、チャイムが鳴った。

PS3をポーズにして、扉を開けると、郵便屋が書留を持って立っていた。

俺がこの一週間ほど、(いや実際には何年か、かも、しれないが)待ち望んでいたもの。

ヤフーのオークションで叩き落した劇団☆新感線のリチャード三世のチケット。

去年の終わりあたり、マクベスをきっかけに、死ぬまでにシェイクスピア作品を全部劇場で観ると決めて、既にリストからは、マクベスとロミオとジュリエットが消えた。

つまり次はリチャード三世の番ちゅー話。

ついでに言えば、来月の頭にはハムレットもリストからは消える予定だ。

俺の計画は順調なわけだ、今のところは。

多分五年も東京に住んでれば、メジャーどころはリストからきれいサッパリ消えるだろう、問題は残りはマイナーな作品だが、なぁに死ぬまでに、希望的観測ではあるが、あと50年近くはあるだろう、何とかなるさ。

まぁ何はともあれリチャード三世。

大昔、イアンマッケランのリチャード三世の映画を観てシェイクスピアに痺れて以来、のリチャード三世、が、しかも、古田新太。

リチャード三世は最も好きな人物で、それを古田新太が演じてて、それが初めて観るリチャード三世とは、こいつは、キリスト復活以来の奇跡だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

まずは一つ、だ。

先週の土曜(前に予告してたが)、舞台を観にいった、シェイクスピアシアターのマクベス。

自分の汗水たらした金で、舞台を見るのは初めて、つまり念願のシェイクスピア童貞を捨てる時。

今まで、舞台には全く関心が無かった、『現代人なのだから映画を観ればいいじゃない』と言った風である。

だけど、前にも書いたがシェイクスピアの映画は好き、でも元々舞台なわけだから、観なきゃ嘘だろと思い、映画至上主義を捨てチケットを買った(もう一つには、三十過ぎて、遊びのバリエーションを増やしたかったと言うのもある)。

場所は、六本木にある俳優座ちゅう、名前の割には案外こじんまりしたトコ。

時間になり然舞台が始まり、三人の魔女が出て来た時に、なんで何万もする舞台のチケットが飛ぶように売れるのが理解できた。

モニターを通さないと、こんなにも不気味で恐ろしいのか、すぐそこにいる、と、言うは(これって貞子と同じシステム?)。

そして、マクベスの弱ささえも手を伸ばせば、そこにある。

OK、決めた、死ぬまでに全部観る。

アテネのタイモン
アントニーとクレオパトラ
ウィンザーの陽気な女房たち
お気に召すまま
オセロー
終わりよければすべてよし
から騒ぎ
恋の骨折り損
コリオレイナス
尺には尺を
じゃじゃ馬ならし
十二夜
ジュリアス・シーザー
ション王
シンベリン
タイタス・アンドロニカス
テンペスト
トロイラスとクレシダ
夏の夜の夢
ハムレット
冬物語
ヴェニスの商人
ペリクリーズ
ヴェローナの二紳士
ヘンリー4世 2部作
ヘンリー5世
ヘンリー6世 3部作
ヘンリー8世
マクベス
間違いの喜劇
リア王
リチャード2世
リチャード3世
ロミオとジュリエット

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やっぱ、普通に嬉しいね。

こないだシェークスピアがどうのって記事を書いた、そしたら東京シェークスピア・カンパニーの方から朗読会に来ませんかと、お誘いのメールをいただいた。

普段、あんまり感じないんだが、こういったリアクションがあると、やっぱり顔も知らない人に読まれてるんだな、と、思う。

まぁブログなんかは、検索に引っかかりやすいから同然と言えば当然なんだが。

ブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

だから最近、非常に近い将来やるべき事のリストにシェークスピア劇を観に行くってのを書き加えたってわけさ。

実は、(まぁ実はってのも変な言い方だが)シェークスピアが好きだ。

つっても、本は一冊も読んだ事も無く、劇も一度も見たこと無い。

じゃなんなんだお前はチュー話だと思うが、映画は大体観てるチュー話しで、ケネスブラナーも割りと好きっチュー話し。

初めて観た、ローレンスフィッシュバーンとケネスブラナーのオセロの台詞にメロメロになって、イアンマッケランのリチャード三世で、シェークスピアにクビッタケ。

それからシェークスピア映画を観まくった。

大体見尽くして(ケネスブラナーの四時間もあるハムレットも観た、しかも非常に楽しんでね)、タイミングによってはSEXより読書が好きってシステムの俺は、当然、手が伸びたさシェークスピアに、でも手は止まった。

シェークスピアは残念ながら、非常に残念な事に小説家じゃない劇作家だ、つまりシェークスピアの本は戯曲だ、つまり脚本。

脚本を読むべきは、俳優、だ。

シェークスピアも当然、俳優達が舞台でスクリーン上で演じる、それをエンドユーザたる観客は観る、そう思って書いてただろうから、観客の俺がシェークスピアを読んだって、面白さは俺のイメージ計算で半減以下。

あの素晴らしい芸術を半分以下にする事に何の意味がある??人生の数少ないお楽しみをムザムザドブに放り込む??

だが、最近はケネスブラナーは映画を作ってくれないし、大体見尽くしたといっても過言じゃない。

俺はここ数年シェークスピア欠乏症だ、それもゆっくりではあるが、確実に蝕まれてる、禁断症状にまけて人生の数少ないお楽しみをムザムザドブに放り込む衝動にかれることも、シバシバだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)