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2009年2月

とにかく萎える。

映画を観てて、こいうシーンがあると萎えるってのは誰にでもあると思う。

いやそれは無いだろって、冷める瞬間、そう夢から覚めちまう(アメリで言うところの、古い映画のわき見運転のシーン)。

俺にもある、が、特にアクション映画に限って言えば二つ、そのうちの一つはよくある動作の一つなので、萎えまくりだ。

一つは、手榴弾のピンを咬んで引き抜くシーン。

よく観るシーンだが、マジで萎える。

あんだけ硬く差し込まれてるのを、歯を使って引き抜くなんて、歯の方が抜けてもおかしくない、観てて、痛たってなって冷める。
もし手榴弾が日用品だとしたら、女性が男性が頼りになると思う瞬間ランキングで、手榴弾のピンを代わりに抜いてくれる時ってのが上位の定番になってる筈。

もう一つは、撃ったばかりのアツアツの薬莢を、何事も無く拾ったりするシーン。

このシーンは手榴弾にくらべればお目にかかる機会は少ないが、たまにある、殺し屋が狙撃の後に、証拠になる薬莢をキチンと拾って行く、そんな感じのシーン。
トムベレンジャーの映画なんか空中でキャッチして、手袋もないのに握り締めてたが、撃ったばっかしのは相当熱い、絶対火傷する。

俺もいっぺん撃ったばっかりの薬莢を不注意で腕に押し付けてしまい火傷した事がある、二ヶ月くらいは火傷の跡が消えなかった。

未だに薬莢が熱いって演技をした奴を見たことがない。

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みんなが、多くのみんなが、生きる為に、この件に関して、感情はいらない。

死刑に賛成だの反対だの最近よく聞く。

でも思うんだが世の中、建前と本音ってのがある、それに意味やら目的やら思想やらが絡み付いて、こんがらがって、グシャグシャになってる感じ。

死刑の意味の建前ってのは、こういう事らしい。

死刑判決を受ける⇒死と向き合う事で悟りを開いたように反省する⇒良い人間になる⇒でもやっぱり死刑⇒良い人になったのに殺される⇒被害者の気持ちがわかる⇒Go to Hell⇒合掌。
 
まぁこの流れが死刑の建前のシステムらしい、あくまでも建前だが、反省ってのがミソか。

建前で議論するから、ゴチャゴチャの泥沼になってると俺は思う。

じゃ本音は?なんだ?被害者の家族の復讐の代行の為?違うね、きっと違う、これは相当古く強いシステムだ、システムに感情はもぐりこめない。

何で人を殺しちゃいけないか?人を殺してはいけない理由。

おれはこの理由を根本的に考えなきゃ、本音の部分は出てこないと思う、俺の考えはこうだ。

誰かが言ったらしいが、道徳とか宗教とかを抜きに人を殺しちゃいけない理由は説明できない。

俺はそうは思わない。

簡単だ。

社会を維持する為。

それ以外の理由なんか無い、そう人間が集団で生きる為だ、隣にいる奴が自分を殺すかもと思ってたら一緒に生活なんか出来ない、集団でいる事がありえ無い。

もし今、大地震や核戦争が原因で、無法の世の中、人殺しフリーの世の中になったとしても、またその中で無数の集団が出来て、その集団の中では自由な殺しはご法度になるだろう。

人殺しがいけないってのは、人間が最初に考えた集団生活の為の群れの為の知恵だと思う。

その為にその原則を守る為に、きっと愛を作り、神を作り、情をつくり、宗教をつくり、道徳をつくり、心をつくり、友を作り、情をつくり、倫理をつくり、まぁとにかくがんじがらめにしたした。

その効果は?大成功だろう。

ほんのごく一部の例外を除いて、色んなものにがんじがらめだ。

本当に嫌いな奴を目の前に連れてこられて、殺しても罪に問わないから、殺していいよといっても、大抵の奴は殺せないだろうし、それが単に嫌いな奴とかじゃなく、親の仇でも殺せ無い奴の方が多いんじゃないか?

大事なのココからだが、早い話どんな事にも例外があるちゅう事だ(まぁこの件については例外が無いが)、それでも殺す奴がいる。

さぁどうする?出した答えは、排除だ。

そんな奴は片っ端から社会から排除していけば、維持できる。

それで最も確実な排除する方法が、死刑、二度と戻ってこない。

最大の禁忌を自ら犯すという矛盾を抱えたとしても、最も確実であり、また矛盾を孕むが故に断固たる意思を示せる方法。

俺は思う、この件に、感情はいらない。

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ナチュラルボーンキラーズってのは、案外当たってると俺は思う。

ロシアの山奥で、這いつくばりながら、スローモーションでイカレたロシア人のテロリストに45口径をまるで情け容赦なくぶち込みながら思った。

「クタバリヤガレ」と。

そしてこうも思った、「こいつは何人目だ?」

画面の中で、俺の放った弾丸によってオッ死んで、地面にぶっ倒れる様は、多分現実の風景と変わらないんだろう。

で、今まで何人殺した?あるゲームの合計殺害人数が数千~1万に位だったから、多分10万人くらいか?ここ10年はこんなゲームをやってる、多分それくらいは殺してるんだろう。

銃で脳天を撃ち抜いたり、ナイフで喉を切り裂さいたり、首をへし折ったり、絞め殺したり、爆弾でぶっ飛ばしたり、高所から突き落としたり、刀でぶった切ったり、車でひき殺したり、バットで頭をぶっ潰したり。

あぁ何て酷えんだ。
書いてると虫唾が走る、まるで殺人マシン、殺人の王、ジェイソンだって俺の足元にも及ばなねぇ。

だが、こんな俺みたいな画面の中だけの殺人マシーンは、世界中にいる。

アメリカ人の三度のオナニーよりFPS好きな餓鬼ならゆうに俺の1000倍は殺してるだろう。

そんな奴等が世界中のそこらかしこにいる訳だ。

俺たちは何で情け容赦なくゲームといえど残虐な行為が出来るか?

ゲームだからだ。

極悪人だからでもない、ゲームだからだ、そいつが命すら無いから、俺たちは情け容赦なく殺何十万人でも殺す、偽者だから嘘だから出来る。

だけど、世の中には本当に情け者無くぶっ殺す連中もいる。

そいう連中もぶっ殺しゲームをやってるかもしれないが、関連だの影響だの言われるが、根本的な所で、違うと俺は思う。

本当に影響を与えるなら、俺はもうぶっ殺しまくってる筈だし、世界中が殺人マシーンで溢れ返ってる筈だ。

俺はゲーム以外で人を殺したいと思ったことは無いし、世界中のぶっ殺しゲーム愛好家の99%は俺と同じ考えだろう。

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まぁ何が言いたいかちゅうと、今日は素晴しい日曜日。

今日は、一日中酒かっ喰らって、映画を32インチのハイビジョン観まくるってのが俺のビューティフルサンデー計画。

DVDレンタル屋に行って、こいう事が良くある。

面白そうなタイトルを見つけてパッケージ裏のストーリーを読むと、おぉ面白そう、でも、これ観た事あるな、最後どうなったか覚えてない。

今日観たのは結論から言うとそんな映画。

「ハンコック」 「クローンウォーズ」 「20世紀少年」

まぁ「20世紀少年」は漫画で読みまくってるし、「クローンウォーズ」はスターウォーズの大体のシリーズの歴史的な流れは覚えてるから、完全にラストシーンを忘れるって事は無いんだが、分類するなら「まぁ面白かった、けど別に」ランク。

こないだS.キング小説作法を読んだんだが、キングはこう書いてた、小説を書くときまずはストーリーを思うかべる、それから書いてく内にテーマが思い浮かんできて、それを作品にのせてゆく、らしい、テーマが最初かと思ってたがキングは真っ向から否定してた。

まぁ「面白かった」の後に「別に」とかがつくのは、そういう差なのかと思う。

例えば、さっきテレビでCMやってるのを見たんだが、ジャニーズのなんかがドイツの映画をリメイクした映画、ヘブンズドア。

これの元の映画は10年位前に一度観ただけだが、エンディングはまだ覚えてるし、エンディングの直前にルトガーハウガーが出て来て言った台詞も覚えてる、「天国では誰もが海に沈むあの馬鹿でかい火の玉の話をする」こんな感じの台詞。

思い出してると、何か感じるし、これがこめてるか、こめてないかの差、なのかと思う。

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その瞬間、あぁこれはある種の現実なんだと、震えた。

下北沢は、俺が思っていたより近かった。
吉祥寺から急行に乗り、ちょっとぼっとしてたら、下北沢。
こんな近くにあったんだ、と、ひとりごちに駅から出て、驚愕。

この活気。
新宿とかにある、ただ人が多いだけの活気とはまた違う。

ブラブラと店を見ながら、家を出るまでに焼き付けたストリートビューの絵を思い出しながら目的地を目指す。

あった。

小さな雑居ビル、本当に劇場があるのか?でも『ハムレット』の看板が。
東京ノーヴイ・レパートリーシアターはここで間違いないらしい。

開演まで時間がある、下北沢をぶらついて飯を喰ってたら時間。

雑居ビルの前に受付が出来てる。
予約したチケットを受け取ってビルの階段を上がる。

二階にカラオケ屋がり、三階が劇場、相当狭そうだ。

モギリにチケットを渡して中に入る、想像以上に狭い。

席は二列しかなく、一列につき13席しかない、席から舞台までは1mも無い。

一列目のど真ん中に座り、待つ、明かりが消される、始まったらしい。
完全な暗闇、一分か三十秒ほどして、ロウソクを持った男がやけにゆっくりと幕を開けた。

幕が開き、空気が動いたのを感じたら、亡霊が目の前にいた。
生まれて初めて亡霊を見た。

臨場感が凄まじすぎる。

あまり芝居じみ過ぎたデカイ声でしゃべらないから、演技が自然で、本当にそこで現実に繰り広げられている感じがする。

亡霊がさり、ハムレットがホレイシオに凍えた体を温めるように差し出された酒を飲む場面、俺の鼻をアルコールの匂いがつく。

東京ノーヴェイレパートリーシアター

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なるほど、EAめ、またやってくれたなと、私はひざを叩いたのだ。

メダルオブオナーエアボーンをやった。

俺をFPSの世界に引きずり込んで沈めちまったシリーズの次世代機での一発目、俺は今でも浮き上がれずにいる、まぁ浮き上がるつもりも無いが、今んトコ。

映像は文句なし、空挺部隊でMAPの何処にでも着地できるってアイディアも悪くない(もうユーザーはただナチを撃ち殺すだけのには飽きてる)、今までと違い多くの仲間が戦闘に積極的に関わるってのもいいだろう。

だが、AIの知能が大幅に下がっているので台無しだ。

多分、大人数対大人数ってのをはじめてやったんで失敗したんだと思うが、敵AIの動きが滅茶苦茶。

プレイヤーの目の前を横切って、プレイヤーから丸見えの位置に隠れたり、結構な距離を走ってきて接近戦をやったり。
これじゃナチじゃくてゾンビを撃ち殺してるみたい。

ユーザーはSSのシュマイザーを間一髪掻い潜って薄汚いファシストに素早く正確なトンプソンの短連射を叩き込んでやりたいんだ、五月蠅いMG42をM1ガーランドの一撃で黙らせてやりたいんだ、塹壕にウジャウジャいるファシスト共をトレンチガンで掃除してやりたいんだ。
ナチゾンビを次々撃ち殺すなんて、頼むからそれはそれで別で作ってくれ、やりたい。
まぁとにかく酷い、AIがオツムテンテンクリニック、AIだけ修正して再発売してもいいくらい、酷い。

そして、今作の最大の変更点はボタン配置。
攻撃がL1からL2へ変更。

外国のゲーム、特に銃を扱ったゲームの攻撃ボタンはほぼ100%L1ボタン。
日本のゲームは大抵、○ボタンとかAボタンとか、最初はこれが馴染めないくて、外人って何を考えているのかと憤慨しながら、大体変更してたりしてやってたが、ある時ワザワザL1にしてるのは、L1だと銃の引き金を引いているような感覚があるというのを聞いて、なるほど流石は銃大国と感心する事ひとしきり、それからは俺もL1ボタンを引き続けた。

そしてエアボーン、通常攻撃ボタンはL2に変更され、L1は手榴弾攻撃ボタンへ変更。

もう何年もL1ボタンでやってきたんだ、頭でわかっていても、咄嗟の大事な場面で手榴弾を投げ、跳ね返ってきたりしてパニクって撃ち殺された、何度も。

じゃボタン配置変えればいいんだが、自由な変更は出来ず、5.6パターンから選ぶしかない、が、L1が通常攻撃になってるパターンがネェ。

俺は死に続け、糞ゲーと何度も罵り、関係無いことで死んでもL1ボタンがムカついてよけい頭にきた。

大分慣れてきてからも、PS3のL2ボタンは今までより深い、俺の感覚では1.8倍くらいか?結構押し込まないと弾が出ない、それで死んだりもして俺の怒りは頂点を通り越して絶望へFLY IN THE HELL。

そして疑問、何故?何故?変更した?洋ゲーじゃ会社に関係なくL1=通常の攻撃ボタンってのは、もはや常識のはず?それを何故変えた?あえて何故変えた?作ってる連中だって馬鹿じゃない、俺みたいなプレイヤーが世界中にいる事はわかっていたはず、何故?必ず理由があるはず。

そんな疑問を頭で弄びながら、二階の窓からBARの豪雨をナチの頭の上に降らせてやった時、ふと、気が付いた。

この深さか。

このL2ボタンの深さが、実際の銃の引き金が落ちるまでの”遊び”、を、錯覚させなくもない。

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私は身震いしてTVのスイッチを切った。

最近、テレビを買ったからテレビを見るようなった。

ほとんどは帰ってからと朝のニュースを少し程度だが、DVDを借りてない時とかは、たまにはとチャンネルを回す。

するとスンゲー鼻の穴がデッカイ奴が討論で息巻いてる。
その鼻息の荒さと穴のデカさに5、6人は吸い込まれただろうか?

それを見てる、と、ふと高校時代の記憶。

同級生にも、そんな鼻の穴のでかい女子がいて、俺たちはブラックホールと影で名づけていた(仕方が無い、若者は往々にして傲慢且つ残酷だ)。

大画面にぽっかりと映し出される、その太陽の神アポロの力さえ及ばぬ深い二つの闇を眺めながら、あのブラックホールと名づけられた女子は一体どんな顔だったろうかと、必死に思い出そうとしたが、記憶の中にも二つの巨大な闇があるだけだった。


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こんなにギャップがあるなんて、と、思ったが、俺も似たようなモンだよな。

最近、サラリーマンになって色んなシガラミでミクシィに人が増えた。
そんなんで、中にはミクシィでまともに日記書いてる人とかいて、読んでみたら驚愕。

実際のキャラとミクシィ内のキャラが違い過ぎ。

現実は、25位なのに15歳は老けて見えおっさんだが童貞に見えるという、オッサン童貞駄目人間キャラ。
この二つの矛盾した特徴を自然に調和させてしまう、不思議な男、仕事は全く出来ない。

それがミクシィ内では、なんかちょっと可愛らしい様な今風の日記を書き続け、コメントも多い。


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、最後に、俺が死んだ事は女に無事に伝えられるかどうかと心配しながら俺は炎に包まれた。

夢をみた。

電車に乗っている、最後尾だ。

ふと後ろを向くと、猛スピードで後ろからもう一台の電車が迫ってくる。

これは衝突するかもしれない、最後尾にいたら確実に死ぬ。

俺は死に物狂いで前列の車両を目指して走る。

すると轟音と共に背後から大爆発が押し寄せてくる。

やっぱり衝突しやがっと、爆風よりも早く逃げる俺。

すると前からも爆発が始まり迫ってくる。

もはやこれまでと、色んな思考が頭を駆け巡る。

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そうだな、ちんこだな。

自分のじゃないホウキを自分のだと言い張る夢を見た。

どんな意味があるのか?まぁ意味なんかねぇんだろう、あんな出鱈目なモンに。

よく夢診断とかいって、やれあれはチンコの象徴だ、これもチンコの象徴だと、よく聞くが、そんなちんこの事を考えているのはお前くらいだと言ってやりたい、挙句の果てには深層心理では、と来るが深層心理がちんこだらけってご愁傷様。

物に対するイメージなんて人によって全然違いすぎて当てにならねぇと思うんだが?

例えばホウキでも、ある人はレレのおじさんかもしれないし、母親かもしれない、ホウキでブッ叩かれて育てられたなら暴力とかになるだろう。

俺の場合だとなんだろう?

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