清朝の台湾統治 2
台湾への移民者たち
清朝は厳しく移民を制限していたが、広東省と福建地方の住民の密航は後を立たなかった。
その理由は、清朝が鄭一族を封じ込める為実施した「遷界令」が原因である。
この政策で、内陸部に押し込められた住民は、生活の糧を農業に求めた、しかしこの一帯は農業に適した土地が少なく生活は苦しく新天地を求め多くの住民は台湾へ密航した。
そして、「船頭」「客頭」と呼ばれる密航を手引きする者達も現れた。
しかし、この密航の際使用される船は漁船の様な船が大半で、台湾海峡を渡るのは相当な危険が伴い、密航の成功率は三割程度だったといわれている。
危険な航海を無事に終え台湾にたどり着いたものの、多くの移民達は職も家も無く浮浪者となって、死んでいった。
また運良く土地や職にありつけた者達も、深刻な嫁不足に悩まされた。
これは清朝が独身者のみに移民を許可していたためで、ある記録では257人中1人の女性しかいない村も存在した。
その為多くの移民者達は先住民族と結婚し、結果先住民族の漢民族化に拍車がかかることとなる。
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